おしゃべりしようよ!

普段話すには大げさなような、でもほんとはおしゃべりしたい、そんなことを書いています。

胡散臭く生きる。

今の自分って、つくづく胡散臭いよなあとふと思うことがあります。(笑)

 

ブロガー?

なにそれ、怪しすぎるでしょ……。

ヨガ?瞑想??

だ、大丈夫?なんか入信する気??

整理収納アドバイザーの資格??

そういうのでお金もらうつもりなの?

カメラ?写真??

え。インスタ映えとかしちゃうつもり?流行りのカメラ女子?

お母さん??

そんなことブログに書いて、いいお母さん気取り??

専業主婦???

小さな自己満足をひけらかす??

 

 

胡散臭いなあ!

 

(というか、私、性格悪すぎる……。

なんでこんなにポンポン批判の言葉が思い浮かぶんだろう!)

 

 

昔から拒否反応を示したり、人がしてることを心の中で批判したりするときに、私は「胡散臭い」という言葉をいつも使っていました。

そういう言葉ってありますか?

例えば、

なんか腹立つ!

妬ましい!

調子乗ってる!

とか……?

 

自分にとって本当にどうでも良くて、アンテナに全くひっかからないようなことであれば、多分何も気持ちは動かないと思うんですよ。

「ふーん」「へー」でお終い。

でも、たとえそれが嫌な気持ちであれ心が動いたなら、そこに何かしら自分が気になるものが潜んでいるような気がします。

そう考えると「好き!」「すてき!」とかポジティブな気持ちも、ネガテイブな気持ちも、ベクトルが異なるだけでただのサインなんだなーと思います。

むしろネガテイブな気持ちの方がエネルギーが強いことが多いから、そっちの方こそ、自分により大切なことかもしれないという気持ちで、冷静に具体的に検討してみるべきじゃないでしょうか。

 

「胡散臭い」って、どういうことかと言うと

信じられない=本当はそうであって欲しいけど、そんなのありえない。

自分には無理。

それを他の人がしてるなんて許せない。

そういう気持ちなのかなーと思いました。

 

そして、「胡散臭い」をもとにしてその行動や変化を選んでみたとして、やっぱり始めのうちは「胡散臭い」に違いないんです(笑)

だってそれは、今まで試したことのないことだから。

初心者のうちは誰だって取って付けたような胡散臭さがあるじゃないですか。

何かが自分にとっての本物になるまでには、必ず「胡散臭い」を通り越さないといけない。

そんなことをふと思いました。

 

人にどう思われるか気になることもあるけど、一番の足手まといはやっぱり古くて意地の悪い自分なんです。

思い返せば、これまで誰かに面と向かって批判されたり「そんなの無理だよ!」とか言われたりしたことがありません。

まあ、実際どう思われてたかなんて分からないし、気が付いていなかっただけかもしれないけど、有難いことに自分の周りには、いわゆる「ドリームキラー」と呼ばれるような人はいなかったと思う。

それなのに自分で自分の首を締めて、本当に好きなことや気になることに挑戦してこなかったなんて、なんて馬鹿で勿体なかったんだろう!と思うんです。

だからこれからはもっとチャレンジする人生にしたいなーと、そんなことを考えています。

まあ具体的なプランは何もないんですけど、ね!

胡散臭く生きよう!そしていつか本物に。