おしゃべりしようよ!

今日は昨日より、強くやさしく、自由に。

クリエイティブコンプレックス

最近、ブログに書きたいことがありすぎて辛い。
ブログを続けているといろんなものがネタに見えてくる。
しかも、そのネタもどんな切り口で書くかによって何通りもの記事になる。
例えば、初めて行った美容室でカットに失敗したこととか、ベランダの掃除をしたけど残念な結果に終わったこととか……。
書くかどうかは別にして、私にはさらにまだ育児ネタも残されている。
さらに悪いことに(?)出産が近づいてきて夜中に眼が覚めるようになって、ますますいろんなことを思いつくようになってしまった。
書きたいことを書きたいように全部書ければ良いんだけど、あいにくその時間は無い。
頼まれてもいないのに飽きずに続いているんだから、ブログが、文章を書くのが好きなんだと思う。
小説家になりたいわけでも、書くことを仕事にしたいわけでもなく、ただただ楽しい。

実は、こんな風に自分が好きなことを、人目も気にせず好きなようにしているなんて、数年前の自分からすると信じられない。
一人目の出産を機に退職して、つわりが治って動けるようになったのがちょうど2年前。
その時に漠然と考えていたのは、時期はわからないけど就職活動(主に自己分析)のやり直しをしようということだった。
新卒のときにあまりに何も考えずに仕事や会社を選んでしまって、自分に合わない環境で無理を重ねていたら心身の調子を崩して、自分がしたいこととか、好きなこととかまったくわからなくなってしまった。
自分で何かを考えたり、新しいことを提案したりするのも怖くなって、仕事=とにかく辛い→もう働きたくない→自分は価値なんて生み出せない、というのが退職直後の気持ちだった。
(もちろん良い経験もたくさんあるんだけど。)

妊娠期間をのんびり過ごして、時間や心に余裕がまたできて、気になることや好きなことに少しずつ取り組み始めた。
出産を終えて育児が始まって、もちろんいろいろな面で大変なことはあるけど、会社員時代に比べればゆとりのある生活を送っている。
そんな風に過ごしていると、いろんなアイデアを突然思いついたり、ふとした時に小さい頃のことを思い出したりするようになった。

私は昔から何かを表現するのが好きな子供だった。
一番はっきり覚えているのは、幼稚園の時に郵便屋さんごっこが大好きだったこと。
ハガキや切手を自分でデザインして、文章や絵を書いて投函する。
窓口業務も大好きで、友達の手紙を受け取るのも楽しかった。
小学生の頃は、自由研究も好きで、壁新聞とか作るのが好きだった。
これはすっかり忘れていたことだけど、自作の詩を原稿用紙に書いて、勝手に教室に張り出したこともあった。(アイタタタ……)
小6の時には卒業研究というのがあって、動物病院に取材に行ったことを論文の真似ごとのような形にして、それを先生にほめられたのが嬉しかった。
作文用紙の枚数を増やすことが目的になってしまっていた気がするけどいっぱい書いていた。

いたって普通のことだけど、成長するにつれていろいろなことを周りの友達と比べるようになった。
自分より本をいっぱい読む子、文章を書くのが上手な子、絵がうまい子。
少しずつ自分の「好き」を恥ずかしく思うようになっていたのかもしれない。
それから中学生くらいにもなればこまっしゃくれた知恵もついてくる。
自分にセンスが無いのは親や育てられ方のせい。
うちにはお金がないから好きなことはできない。
これも最近ふと思い出したことだけど、父親に「理屈っぽい」と言われたことを実はずっと気にしていた。
テレビの感想を一生懸命伝えようとしたときのことだったと思う。
もちろん悪気があって言ったわけではないってわかっているんだけど。
高校生になれば大学や専門の進路選択がある。
私は芸大や美大に進む友達のことを横目で見ながらまぶしく感じていた。
絵を描きたいとか何かアートをしたいと思っていたわけではないんだけど、美大進学って「好きなことを選ぶ」という象徴のように感じられた。
かくいう私自身もその頃は美術館の学芸員を目指していて、空間や印刷物のデザインができたらと思ってデザインの勉強ができる大学に進学した。
でも、結局制作系のコースではなくて美術史の研究の方に進んだ。
もちろん学芸員になるには美術史の専門が必須だからそうしたんだけど、制作をしたいという思いからどこかで逃げてしまった。
論文を書く上で経験したことは貴重なことばかりだったし後悔もしていない。
でも、研究者や批評家じゃなくて、自分も生み出す側、「そちら側」に行きたいという気持ちをずっと持っていたんだと思う。
結局美術館で働くことも自分にはあっていないような気がして内定を蹴って企業で働くことにした。
でも社会人になってますます自分の好きなこと、したいことを忘れてしまった。
SNSや雑誌を見るのが辛くなった。


他の人は好きなことをして、自分らしく生きてる、自分を表現してる、と感じる。
自分もそんな風になりたいけど、なれない。
自分には無理だと思う。
自分の気持ちに素直になって何かを始めることもせず、批評家気取りで何かを批判してみたり、適当な聞きかじりの理論で無理やり自分を納得させてみたり。
そんなひねくれた気持ちを、正しい言葉か分からないけど、私は勝手に「クリエイティブコンプレックス」と呼んでいる。

 

でも今はそういうことを感じなくなった。
ゆとりができたり、いろいろな出会いがあったり、きっかけはいろいろあると思うけど、「好き」「気になる」ことに他人の納得や許可なんて要らないと気がついたことが大きいと思う。
昔は好きなことをただ楽しんでいたのに、それを進路や仕事にしなきゃいけない、収入につながらないといけない、資格がないといけない、詳しくないといけない、専門家にならないといけない…そんな風に思うようになってた。
つまりそれは、他の人を納得させて許可をもらわなきゃいけないという思い込みだった。

 

最近はブログに文章を書くだけじゃなくて、写真を撮ったり、SNSに投稿するのも楽しいし、料理も好きだなって思うし、昔は雑誌やSNSで見てはイライラふつふつしていたようなオシャレなインテリアやファッションを目にしたり、素敵なカフェに行くのも好きだと気がついた。
子供といるのも面白いし好きだ。

 

別に「これだ!」という仕事や衝撃的な出会いを見つけたわけじゃない。
でも、どんなに小さくても好きなことを、子供のようにただただ楽しむことって本当に本当に…大事だと思う。
クリエイティブなことって、仕事とか進路とか評価とか、昔思っていたようなそういう大げさなことじゃなくて、毎日の小さな好きの中にある気がする。
そしてもしかしたら、そういう積み重ねがいつか大げさなことになるかもしれないし、ならないかもしれない。

 

今でもブログを書いていると「そんなことして恥ずかしくないの?」「なんの意味があるの?」「才能があるとでも?」なんて、意地悪な自分が首をもたげることがある。
でも、そういう声には「ほっとけ!」と言っておいて、好きなこと、気になることをただただ楽しめばいい。
そんな風に思いながらブログを書いています。