おしゃべりしようよ!

今日は昨日より、強くやさしく、自由に。

理解する、わかる、腑に落ちる。

出羽三山の山伏、星野文紘さんの本を読みました。

 

その中に出てきた、「わかる」には3種類の言葉、段階があるという話がとても面白かったです。

それは「理解する」「わかる」「腑に落ちる」の3つ。

最近「自分の中のいろいろな理解や知識や経験は、この3つのどのあたりにあるのか?」と考えるのがブームです。

 

「理解する」は、知識や言葉で、文字通り頭で理解すること。

星野さんがいうには「理解する」は「わかっていない」の裏返しでしかない。

これが、めちゃくちゃおもしろい。

そうかー。「理解する」って「わかってない」っていうことなのか。確かにね。

「わかる」は頭から首の方に少し下りてきて、体に近づいてきている。

そこからさらに下りてくると、お腹にきて「腑に落ちる」。

この、腑に落ちた状態でなければ、大きな決断は絶対にできないと、星野さんは書いています。

 

本に書かれていたこととは少し違うんですけど、よく「わかっている(理解している)けど、できないんだよな〜」っていうことあるじゃないですか。

運動の習慣があると健康に良い。理解してる。

部屋を片付けると気持ちがいい。理解してる。

食事は大事。理解してる。

睡眠時間をきちんと取ることは大事。理解してる。……

 

でも、できなくて当たり前なんだな!って思いました。

だって「理解している」=「わかっていない」だから。

「わかっていても、できない。」ではなくて、

「できる(やってみる、体感する)」から「わかる」に変わる。

あるいは、「わからない」けど「やってみる」。

この2つしかないんだなって。

 

「理解する」と「行動」って地続きじゃないんですよね。

その間には常に断絶があるから、必ずジャンプしなければいけない。

でも、そのジャンプは清水の舞台から飛び降りるようなものではなくて、小さなことで良いんだと思います。

毎日毎日、小さな実践、実験を重ねることで、頭で理解していたことがだんだん体でわかってきて、そのうち腹に落ちて、自分にとっての本物になる。

確かに大きな決断は腑に落ちたことでなければできないけど、そういう決断とは別に、もっともっと小さな選択が毎日無数にあると思います。

わからない。納得できない。受け入れられない。けど、やってみる。

もちろん、その結果自分に合わないことがわかれば止めればいい。

その繰り返しなんだなって思います。

 

「理解する→わかる→腑に落ちる」は自然にすすむこともあるだろうし、自分で行動することで深めていくこともできると思います。

どちらにせよ時間は必要。

私、もうすぐ30なんですけど、人生で初めて「この10年」っていう考え方が出てきて、20歳ぐらいの時に聞きかじったことや目にしていたことが、10年かかってようやく「理解」から「わかる」に変わってきたなって気がついたんです。

つまり、まだ腑には落ちていない=自分の本物にはなっていない。

でも、それだけ時間がかかって当たり前だし、これからもいろいろな物事の理解はそうやって進んでいくんだって思えたら、焦る必要も無いし、なんだかとても気がラクになったというか、これまでの自分のことも素直に認められるような気がしました。

(あ、でもいきなりズドーーンと腹にくることもあって、それはそれで面白いですよね。)

 

他にも刺さる言葉がたくさんあったのですが、今日はこのくらいで。

タイトルにもなっている「感じるままに生きなさい」という言葉にも、なんだかすご〜く背中を押されました。

ブログを書いているのも、私は文章を書いたり表現したりするのが好きだって気がつけたからで、それを素直にやっていってみようと思えたからです。

どの文章もシンプルでさらさらっと読めるのに心と体に残りました。

そして読後は山伏修行に行きたくなること請け合いです(笑)

直感が鈍っている。深呼吸したい。そんな人に読んでもらいたい1冊です。